みら*ブロ

みなさんこんにちは、縫人みら*と申します。絵を描くことや、パッチワーク、最近では動画づくりが好きです。このブログでは、日々のことや、アート•制作に関することだったり、スピリチュアルなこと•仕事のことなど、興味のあることについて日々書いていきたいなと思っています。よければコメントやシェアなどして頂けると嬉しいです(*´ω`*)

生存報告。2026夏

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【地元のお祭りに行った時の写真!】

 

 

みな様ぁ…🥺こんばんは、みら*です。7ヶ月も経ってしまいました。

え、お元気でした?世の中っていまどうなってます??

ていうか、私のこと覚えてます?自己紹介から始めたほうがいいですか…?

 

えぇえでも本当にお久しぶりです〜、やっと息ができました…。

とりあえず生きてました!色々あったけど、なんとか生きてきました。

おかげ様です。なにからどーやって書いたらいいか迷いますね。

 

私にとって、こうして「書く」ということは、本当にもう、なんて言ったらいいんだろう。

本当に、生きるために必要って言っても過言ではなくて、

基本的に、自分は頭のなかに「もうひとつの世界」があるくらい、

思考だったり空想上の情報量がとても膨大なので、

それを「現実」のものに「目に見えるかたち」におろしてくるために、

定期的にこうして「文字」にしているんです。

 

ブログを更新していない時間も、ノートめちゃくちゃ書いたりとか、

スマホの「日記」アプリに書いたりとかしてましたよ。

なぜしばらくブログを更新できなかったかというと、

まぁ、忙しかったり余裕がなかったっていうのもあるんですけど、

あまりにも心が、ちょっとよくない方向に振り切ってしまっていたっていうのが正直なところです。

 

それで、今回は何を書いていきたいかというと、

ちょっとこれまでの振り返りをしつつ、書ける範囲で近況とか書きつつ、

これからのこととかも書けたらいいなぁ、と思っています。

 

基本的には、読者目線に寄り添うというよりかは、

自分自身の膨大な空想妄想想像のパラレルワールドを整理することが目的となりますので、

そういう方向での内容となっておりますので、それだけご了承下さいますよう。

 

えと、そうだな、まずは自己紹介でもしようかな。たまには。

「縫人(ぬいと)みら*」という名前で活動しています。

X(旧Twitter)、Instagram、Facebook、YouTubeやってますので、

よかったら遊びにきてください。

ブログ「みら*ブロ」は前は月1更新してたんだけどね、最近はしばらく更新できてなかったですけど。

まぁ、今回をきっかけにまた頻度上げて更新できるといいな、とは思ってます。

 

アーティストしてます。

最近は色々あってまた色々と勉強しようかなって思ってるところです。

 

あ、最近嬉しかったことはね、グッズを初めて作ってみたんだ💡

以前の作品のデータを使ったトートバッグ👜✨

最近知り合ってくれた方が作り方とか教えてくれてね。

 

でも、自分ではその写真を撮ってなかったり、まだ修正が必要だったり、

何より、、嬉しかったって書いたけど、本当は何にも感じなかったんだ。

今はちゃんと嬉しいよ!

でも、まだ少し自信がないんだよね。だから素直に喜べないというか?

いろんな人に「すごいね!」「これなら売れるよ!」「ほしい!」って言われたけど、

自分が1番受け取れてない、んだよね、たぶんまだ傷が深くて余裕がないんだと思う。

 

だから、また修正して自信が持てるようになったら、また改めてお知らせするね。

 

 

自分については、本当にひとことでは語りきれないから、

お時間ある方は過去*ログ読んで頂きたいです。

まぁ、それもたぶんカオスなことになっていらっしゃると思いますが汗

 

あと、最近知った「自分」っていうのをちょっとお伝えさせて頂くと、

西洋占星術、ホロスコープを参考にしていて、日々考察と分析をしているんですけど、

私は太陽・水星(獅子座)なんだけど、月・火星・木星(天秤座)←ステリウム⚖️で、

しかも8ハウスでコンジャンクションしているから、

「他者との深い心の結びつき」の部屋に月(心・感情)、火星(情熱・衝動)、木星(拡大・肯定)

があるという、とても面倒くさい人間ということが分かりました。

 

まぁでも、もう流石にね、痛い思いし過ぎているので、天秤座⚖️力はだいぶ鍛えられていると思う!✨

だいぶ人間関係は、スムーズにできるようになったよなぁ…。

自分を大事にできるようになってから、人にも優しくできるようになった気がします。

 

あと、Asc魚座で、無意識に纏う雰囲気や先天性の能力っていうのが、

つまり生まれつき精神世界とつながりやすかったり、見えない世界との境界が薄かったり、

そういう、儚げで、優しげで、ふわふわした雰囲気だったりっていうのがそうっぽいのと、

DES乙女座で、そういう特性があるからこそ、1つひとつ整理して尊重してくれるような、

存在(相手)を無意識に求めてしまっていて、

IC双子座なので、心の拠り所というか、1つの場所に縛られるのは苦手で、

いろんなことに興味をもつので、いろんな世界を体験したり、いろんな知識や情報を得ることが

心が落ち着く行動というか。「水星」の影響もあるから、こうして「文字」として表現することも、

私にとって大切なこと、らしい✨

最後にMC射手座なので、自分の心が向かう場所は、ずばり、未知の世界への探究❣️

精神世界や深い哲学や、旅行や冒険や、楽しいこと、未来に向かうこと(ビジョン)、それが人生の到達点。

 

っていうことが、本当に最近分かりました。

ホロスコープとか少し調べてみると出てきますが、

もしご自身のこと相談したいという方は、ご連絡くださいませませ🌟

 

自分のさ、特性とかちゃんと理解できると、色々腑に落ちることもあるし、

自分のことをもっと大事にする方法も分かったりさ、

自分に合わないことを切り離す選択もできるから、いいよね。

 

あと、私が星座のことでめちゃくちゃ意識していることがあって、

それは、調べて出てくるような「特徴」や「特性」を理解するだけじゃなくて、

その日その時の、太陽はどこか月はどこか水星や火星や木星や土星が、

どこでどういう動きをしているかを理解して、

その日その時その瞬間のエネルギーを、私のAsc魚座、月天秤座・火星・木星、金星蟹座で、

全集中して意識して感じること!!!

 

そうすることで、「特徴」や「特性」に加えて、エネルギー(雰囲気や記号)として、気温や風と同じように

私の肌感覚として理解するのに加えて、「ビジョン」「インスピレーション」として、

「言葉」がどんどん派生していって、より「本質」に近い理解ができる…ってコト!

 

現実で起きてる問題とリンクしてくることもきっとあるはず。

 

そういうのを、普段から無意識に意識して生活しているので、

私の「直感」は日に日に高まっております。

 

てなわけで、西洋占星術視点の自己紹介でした。

 

 

さてでは、これまでのお話の振り返りなんですけども。

えと、2025年の7月に父が体調を崩しまして、救急搬送されまして、入院しまして、

治療して回復して、2026年3月に「老健」に入所しています。

昼間は歩行器にて歩行、夜は車椅子の生活をしています。他はわりと自立しているようです。

それで、私は2025年7月に、仕事を辞めて実家に帰りました。

母は重度認知症なので、介護が必要です。それまでは父が母の介護をしていましたが、

今は私がそばにいてあげています。

週5日デイ利用してますし、ずっとつきっきりでなくても大丈夫ですけど、

たまに1人で外に行ってしまうこともあるので、あまり目は離せない状況です。

あと、私には祖父がいまして、グループホームに入所しているのですが、

先月100歳になり、お祝いに行きました。

 

なんやかんやはあるけど、父も母も祖父も、今は元気でいます。

 

とりあえず生きてるし、私もできる限りのことはやっているので、まぁ、、、

何よりなのではないでしょうか。

 

 

んー。それ以上のことは、ちょっと言えないこともある、かな。

現実世界に生々しく生息しているとね。

そう、自分のことだったら永遠にしゃべっていられるけどね。

でも、他の人が絡んでくるとちょっと話しにくかったり、

あと、感情があまりにもネガティブに振り切れている時は、

たぶん、「負」の気が文字を通して伝わってしまう気がするから、

できるだけ自分のなかで完結するようにするとか。

 

あぁ、雀神社さんの話でもしようかな。

 

なんか、カフェ巡りが趣味の友人ができてさ、その日もカフェに行ったんだよね。

私は体調が悪かったから早く帰りたかったんだけど、

友人はそのカフェの目の前にある神社?が気になるから行ってみたい!ってことだったんだよね。

仕方ないから一緒に行ってさ、ちょうど1月5日のことだったから、時期的には初詣?

 

2本の御神木?大きな木が印象的でさ、

私はその時は神社ってあまり良いイメージなかったから、

「お忙しいところすみません、少しお邪魔しますね。」って挨拶したし、

自分のこととかじゃなくて、「今後も神社さんが発展しますように。」ってお祈りしたのね。

お参りの後に、薄茶の猫さんが目の前を横切っていったのと、その時神社には私たち以外いなかったのと、

神社のなかでは、なんか?よくわからないけど神職?のかたがなんかやってて。

 

あとあと調べると、それって、神社さんから歓迎されてるってことだったっぽいんよね。

それで、その週末に、夢を見たんだ。やけに鮮やかな夢。

 

家を出ると周りの風景が変わってて、目の前にあの2本の大きな木があって、進むとあの神社があった。

空は緑と紫色のオーロラが出ててさ、すごい神秘的な感じだった。

私はお参りするではないけど、その神社の周りを歩いてみたり、そんな夢だった。

改めて調べてみると「雀神社」っていう神社っぽい。

 

そしたらその2日後くらいに40度の高熱が出て、部屋のベッドに寝てると、

窓から「雀神社の使い」を名乗る「精霊」が入ってきて、挨拶に来たのね。

私の魂が綺麗で気に入ったので、1年見守る代わりに毎月お参りに来てほしい、とのこと。

できれば、祖父、父、母を連れてきてって言ってた。

家族で行くことによって、家と神社との、結びつきを深く濃くしたいってこと。

後で知った話だけど、母はデイサービスの初詣で「雀神社」に行ったらしい。

それもあって、家との「御縁」っていうものができつつあったと。

 

それで、私は最初は断ったのね。

「いえいえ、お気持ちはありがたいですけど、雀神社さんも色々忙しいでしょう。」と。

 

なんとなく、そういう類はあまりいい噂を聞いたことがなく、

直感的には適度な距離感を保ちたいような気持ちだった。

 

精霊さんの姿を知りたいと思い、意識を集中する。「違和感」を感じ取る…

「…!バレちゃ仕方ないにゃ。」

精霊さんの正体は、お参りの後に横切った、薄茶の猫さんだった。

 

しばらく、そばによってきて懐いてきたり。

「エサがほしいにゃ。」と言われて、

私がお魚をイメージしてプレゼントすると、満足そうに食べた。

 

それだけならよかったのだが、、

「ついでに魂もよこすにゃ。ネコになれ…!」と、攻撃してきた。

 

私は、大天使様のご加護を瞬時にイメージして、

聖なるバリアで防ぎ、「光の波動」で反撃する。

 

そんなやりとりが数時間続いた。

 

夜も深くなってきた頃、ネコさんが何者かの術によってカゴに入った。

雀神社の「本体」を名乗る女性?が現れる。

「うちのネコがご迷惑をおかけしてすみませんでした。私も改めてご挨拶に来ました。」とのこと。

 

私は、その存在のことは直感的にすぐに信頼できた。

私が、実家に戻ってきた経緯と、現在置かれている状況と、不安なことをたくさん伝えた。

とくに心配するようなことはない、と言っていた。

 

「お近づきの印に、浄化して差し上げます。」

そう言うと、また別のビジョン(映像)が脳内に流れる。

 

私という人間に、無数の黒い茨のようなものが全身に深く突き刺さっていて、全く身動きが取れず、

ただただ、痛くて苦しい。これが、今私が置かれている状況なのだと、すぐに悟る。

 

足元は、地面とつながることから、「土地」のこと。

派生して「家」「家族」また、それ絡みの「因縁」「厄」「病」などがあるとのこと。

 

その、黒い茨が、足元の部分から腹部くらいにかけて、真っ白に、消えた。

これで、「土地」「家」「家族」の「因縁」「自分を縛るもの」から自由になった。

 

腹部から首にかけては、自分の「キャリア(仕事)」に関することや「今」のこと。

頭部は「宇宙とつながる力」や「未来」のことを表す、とのこと。

 

それも一気に浄化…したかったようだが、それ以上は叶わず。

「ここから先は、あなた自身で解決するべき問題のようですね。」とのことだった。

浄化の時間も終わり、「本体さん」は猫さんを連れて還っていった。

 

 

時は流れ、3月の頭のことだった。

私はまたとんでもなく体調が悪かった。

時期的にも、魚座の「浄化」の気を受けやすいのだ。

 

微熱があった。また、例の薄茶の猫さんが現れた。

「こないだは失敗したからにゃ!魂をよこすにゃ、あと、ネコになるにゃ!!」

 

精神的にも気力が落ちていた私は、天使の力を使うこともできず、

あっさりと「魂」をとられて、「ネコ」にされた。

 

「魂」をとられたといっても、死ぬわけではなかった。

私の内側にある「精神世界」を丸ごと持っていかれた。

 

10代、色々な世界に触れて、少しずつ形作られて

20代の「覚醒」とともに、さらに大きく、深く、宇宙の果てまで潜れるような、高次元の愛の塊…。

その、ビー玉のような、シャボン玉のような、ふわふわだけど芯の通った私だけの世界を、、

「失った」というよりは、「渡した」。今は雀神社にあるっぽい。

 

高次元の世界では、時間も空間も影響しない、すなわち、私は高次元の世界でいつでも

私の「精神世界」とリンクできる。

 

だが、残された私の心は、まるで卵の殻のような、コンクリートのような、真っ白な抜け殻になった。

 

これが、私にとって「必然」であることも、理解していた。

 

「これから、私はさらにたくさんの苦しみを味わうことになるだろう。」

そう、味わってもらわなくては困る…。痛みなくして成長はない。

 

だが、そこにキラキラとした世界があっては、苦しみを感じきれないのだ。

これまでに積み重ねてきた「愛」が、苦しみを癒して守ってしまうから。

 

だから、一度、「精神世界」を切り離す必要があったのだ。…分かるね?

 

 

からっぽの世界が、何も私を守るものがなく、痛みが、孤独が、不安が、苦しみが、

ヒリヒリと焼くように切りつけていく。そんな日々が、毎日続いている。

 

体力も精神力も、常にギリギリのところで、なんとか生きている。

 

 

おそらく、これからも、この苦しみは続くだろう。

それでも私は、また1から、このからっぽな世界を、「愛」で満たすんだと心に誓った。

 

人生の「リセット」であり、これは「浄化のプロセス」である、と…

 

そう、高次元の存在は告げた。

 

 

っていうお話でしたー。

 

続きも色々あるんですけど、長くなるのでまた今度にしたいと思います

 

でも最近思ったことはさ、

それから毎月、雀神社にお参りに行ってるんですけど、こないだ、7月?に行った時にさ、

「高次元」の波動を受け取った。って、、ちょっと照れくさくてそんな伝え方をしたんだけどさ、

 

本当のところはというと、

 

だいたい、金曜日に父の施設に洗濯物交換をしに行ったあとで、雀神社に行くことが多いんだけど、

やっぱり、行く時は行きたくなるっていうか、雀神社さんのことを考えたり思い出したりしてて、

その時は「感謝」っていう言葉が頭に浮かんでて、

神社さんに行って、「いつもありがとうございます。」って感謝を伝えたら、

その帰り道から、「愛してる。」っていうワードが脳内リフレインしてて、

 

なんか、意味とかは分からないけど、

 

なんかさ、心が擦り減ってる時ってさ、「ありがとうございます」「感謝してます」って

言葉で言ってもさ、その思いちゃんと込めてなかったりとか、そういう感覚すら忘れちゃったりとか、

するっていうのも、最近私はよくあったりするんだけど、

そのお参りの時は、ちゃんと心で深く感じたんだ。

 

今思うとあの「愛してる。」脳内リフレインってさ、

私が昔覚醒した時に、snsやブログで毎回書きまくってた「愛してます🪽」に

ちょっと似てるなぁって思って、たぶんだけど、ネコさんの持って行かれた「精神世界」と、

リンクできてたんじゃないかなって、思って、、、

 

なんか、そうやってふとした時にさ、自分のしたことが自分に還ってくるっていうかさ、

1月から当然、半年以上が過ぎたわけだけど、たくさんのことがあって、

直感通りたくさんの苦しみや痛みを経験してきて、まぁ、もちろんこの私のことだから、

毎日色々分析したり、考えたりに忙しいわけで。

 

そういう中で、「どうしてそういうことが起こったのかな。」っていう、事象の理由を

一つ一つ、丁寧に考えていくと、自分が必要としていた「気づき」が毎回あるわけで、

それで、、

 

いつか、この苦しみや痛みが、消えるかは分からないけど、

この苦しみや痛みに向き合い続けたっていう、現実はきっと存在するから、

たくさんの「気づき」…生きるための「ヒント」や「考え方」や、ビジョンやインスピレーションは、

絶対に、「愛」だし、必ず「光」の世界に繋がってるって分かるから、

だから、諦めずに向き合い続けているけど、少しずつだけど、前に進んでいるのも分かるから、

 

だから、、雀神社さんにある、私の「精神世界」も、「鍵」の1つなんじゃないかって。

 

受け取れたことには、意味があるんだって。

そう思います。

 

 

えっと、

 

あと、私が先ほどの夢の話を通して思ったことは、

やっぱり最初は、自分の「魂」っていうか「精神世界」っていうか「心」の深いところを、

渡したくないって思ってた。でも、夢では、ほぼ無理矢理とられるような感じだった。

 

つまり、「降伏」っていうか、、、

自分の意図とは関係なく、相手に心を開く、そして、心を渡す(=信頼を預ける)ってこと、だよね。

 

「嫌だった」っていう感覚よりかは、「意図せず」「思いがけず」「予想しない形で」っていう

感覚が強いのと、私は、夢から「学びたい」「理解したい」っていう気持ちがめちゃくちゃ強いので、

その夢が、なんのことだったのか?を。めちゃくちゃ考察するタイプなんだけど。

 

自分はわりと人見知りをしてしまう特性ではあるけど、

なんか、今の自分の状況を見た時にやっぱりそうも言ってられなくて、

初対面だろうと、相手がなんであろうと、誰であろうと、とにかく気にせず、

「今、自分はこれに困ってます。」「一緒に考えてもらいたいです。」っていうのを、

ずっと繰り返して生きてるなぁっていうのを思って、それって要するに、

自分の意図と関係なく、なんでもいいから相手を信頼して、自分の状況をすべて手渡して話すっていう、

 

こととはリンクしてるかなっていうのは、ちょっと思いました。

 

たぶん、私はこれからも色んな人と繋がって行かないとおそらく生きていけないので、

まだまだ、お声がけさせていただく機会も多いのかなと思います。

 

それで、苦しいこともたくさんあるだろうけど、

まぁ結果的には、そうやって少しずつ前に進んでいきますよ、

という、運勢の中にいるのではないでしょうか。

 

ちょっと…まだ色々書きたいこともあったんですけど、

とてつもなく長くなってしまったので、今回はこの辺にします。

 

次回もお楽しみにね🪽✨

 

みら*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2026🎠

新年明けましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いします。

みら*

 

 

ブログを書くのは半年ぶりになりました。

父の入院についてその後どうなったか、気になっている方もいるでしょうか、

あと私が、半年何をしてたのか、、、書いて行けたらと思います。

 

父は、7月になってからずっと調子が良くなくて、

転倒して動けなくなってしまうので、

しんどいので、私がたびたび実家に手伝いに行ってたんですが、

7月24日に熱を出し、意識が薄くなってきたというところで、

私が救急車を呼びまして、救急搬送されました。

 

それで、入院することになって、

翌朝、親戚たちに電話をかけまくって、来てもらって。

その日に「脳炎」ということが分かり、脳神経内科のある病院に移ったんですね。

 

それが7月25日で、そこから1ヶ月ほど、その病院でいろいろ検査をしましたが、

原因が分からないので、大きな病院に行きました。

その間父は、命は無事でしたが、寝たきりで、話すことすらおぼつかない様子でした。

(母を連れていくと、嬉しそうにはしていました。)

 

大きな病院では、

おそらく、お酒の飲み過ぎによる「ビタミンB1欠乏性脳炎」と言われました。

 

私は知らなかったのですが、3年前にもお酒の飲み過ぎで目が見えなくなり、

この大きな病院にかかったことがあり、その時もお酒はやめるように言われたそうですが、

「そうですか、やはりやめてなかったですか…」と言われました。

 

目はその後完治したそうですが、

目と脳は場所が近いから、今回は脳の方にきてしまったのでしょう、とのこと。

 

大きな病院には3週間ほど入院したのち、また元の病院へ。

ビタミンの点滴を開始してから、少しずつ意識の状態も回復して、

先生や看護師さんの声かけにも答え、少しずつ話したり、手足を動かすことができるようになりました。

 

10月に、隣町にある、リハビリ専門の病院に移りました。

最初は高次機能障がいで、注意力、記憶力、認知力に低下が見られましたが、

今はそれも改善してきていて、難しい話や新しい話は理解することが難しさがあるようですが、

やりとりしやすくなっているそうです。

 

寝たきりのためついていた尿道カテーテルは抜けて、今は自分でトイレに行き、

最近はズボンを上げ下げすることもできるようになっているらしい。

 

転倒の恐れがあるため、24時間の見守りが必要で、手足にしびれがあり、

今後は車椅子の生活になるとのこと。

 

車椅子は以前は自分でさわろうともしなかったのが、今は自走することができるようになりました。

帰りたい気持ちがとても強く、そのために、リハビリ、車椅子の運転も頑張っています。

 

私としては、家に帰ることの不安は正直あります。

お酒を飲むことによって、病気が再発してしまうんじゃないか、という不安。

24時間の見守りができるのか、何かあった時、基本的には自分しかいないこと。

食事はまだ、きざんでとろみでまとめているので、毎食の食事の用意。

 

できることなら、施設で規則正しく、安心安全な生活を送ってほしいし、

何かあってもすぐに対応してもらえるような環境にいてほしいと思う、

でもこれは、父の意思なので、、

 

なのであれば、家に帰るならば、車椅子で生活するための家にするためのお金を負担することや、

自分でトイレや着替えなど身の回りのことはできるようになってもらうことや、

そのほか色んな条件をつけて、私が、倒れてしまうことのないように。

私が不安になることがないように、約束をした上で、家に戻ってもらうことになりました。

 

12月に、要介護3の認定がとれまして、とりあえずというところで、

家の改善の間は老健で過ごしてもらう予定です。

 

自分は、7月から実家で過ごしていまして、母がまた要介護なので、朝から晩、母の支援があるんですが、

母の支援をしつつ、、、

 

引越しと、引越しにともなう手続き、

失業手当をもらうためにハローワーク通い、父の入院対応で病院通い、

家族3人の通帳管理のため、銀行回り、

しかも、実家はゴミとホコリの山で、私は生活できないので、毎日掃除。

役所まで粗大ゴミを運んで、毎日大量のゴミ掃除。

父が車椅子で生活できる家づくりのために、12月からは毎日ハウスメーカーさんを回り、

 

もう、「東奔西走」どころじゃなく、「東西南北」駆け巡る毎日で。

 

そんな日々を過ごしてきました。

 

自分ながら…なんて半年なんだと思います。

こんなに親孝行したことは、かつてなかった、けど。

逆にこんな形で親孝行?するとは夢にも思ってなかったです、

 

普通は、この年齢だったら、結婚して親孝行とか、仕事で成功して親孝行とか、

そういうのはあると思うんですが、

両親の介護で親孝行、、

 

なんともいえない話ですよ。

 

 

介護自体は、申し訳ないですけど、私10年のキャリアがありますから、

有難いことにそんなに困ることなく、やらせて頂いてます。

 

それが父母っていうのについては、

まぁ若干ショックというか、受け入れ難い気持ちではありますよね。

 

介護に10年のキャリアがあるってことは同時に、

実家に10年住んでないってことになりますので。

 

父も母も、一体どうしちゃったの、っていう気持ちがやっぱりあって。

まるで別人になったかのように、変わってしまって。

 

千と千尋じゃないですけど。

 

けど、、、

今の父と母のおかげで、有難いことがあるとしたら、

自分が働かずにいれるということと、

家の片づけができるということと、

新しい家を立てる口実ができるということ、ですね。

 

けっこう、これメリットも大きいんじゃない?

 

自分の仕事については、

必然的に、母の支援があるので夜勤はできないし、日中も動けたとしても数時間。

それも色々やることあるんで、結局、なにか職につく暇もなく1日過ぎていく。

そんな毎日が半年続いてきたわけで、それでもなんとか生きてこれたわけで、

今は自由な時間なんてないけど、家のことが落ち着いたら、新しい家になったら、

また自由な時間があるのだから。

 

そもそも、働かなきゃいけないなんて、そんな時代でもないわけだし、

変に職について、心身拘束されるくらいなら、

自由な時間を自分のために使って、後悔しない人生について考えた方がよっぽど幸せでは?

という、正論ですみません。

 

まぁ、2026年の目標というか、やりたいこととしては、

今ある貴重な自由時間で、もう一度、自分の「幸せ」のルーツを探してみようかな。

と思っていて、自分は「アーティスト」名乗っていて、好き勝手やってるけど、

せっかく今実家で過ごしていることもあって、それがしかも、

もしかしたらもうすぐ建て替えのため、更地になってしまうことを考えると、、、

「もう一度」「原点回帰」じゃないけど、

ここで、この場所で、生まれてから社会に出るまで過ごした場所で、

自分が好きだったものとか、「才能の種」とか、幸せな出来事とか、

今の自分をかたちづくったものは何だったのかな?っていうところと、

向き合ってもいいのかなって思いました。

 

平成生まれだけど、

友だちと絵を描いたり、遊んだ記憶とか、

その頃流行ってた音楽とか、給食で流れてた〜とか、

好きだったキャラクターとかおもちゃとか、

 

そんなんなんぼあっても、ええですからね、

 

できれば思い出すだけじゃなく、何かしらの「かたち」にして、

目に見えるように、表現したいと思いました。

 

自分は、精神世界を描くのは好きだけど、

自分の絵とか、家族の絵とか、そんなんは苦手で、それだったら、

それこそ実家だから、写真ぎょうさんあるし、使ったらええやんってことで。

 

実家にいると、今はなきおもちゃとか思い出して、また欲しくなる〜

でも、調べたらもう売ってなかったりして、ちょっと切ない。

 

アルバムとか写真とか、プリクラもいっぱいあるし、

たくさん捨てちゃったけど、「宝物」はちゃんととってあるから、

足りないものはまた、今からでもかき集めて、自分の「パーツ」というか、

自分自身を構成する「素材」をつくっていきたいと思います。

 

それが、2026年の私の「仕事」だと思ってます。

2027年になってもし新しい家になっちゃったら、今の家の記憶もいつかは無くなってしまうのだから、

これは、今やらなきゃいけない気がしてます。

そうだな、ついでに、父と母と祖父のアルバムづくりでもしようかな。

この家で過ごした思い出というか、

アルバムはたくさんあるんだけど、アルバムにおさまらない写真も、掃除してたら大量に出てきたんだ。

 

できたら、家を解体する前に、父と母と祖父と、親戚を呼んで今の家の前で写真を撮りたいとは思います。

 

ここは、祖父が建てた家で、私が生まれる前、母が学生の頃から住んでた家で、

その時は、祖母?もいたし、ひい祖母?もいたらしいし、

親戚の集まる場所で、一応とても由緒あるお家ですので、

 

 

家の片づけができたことは、けっこう大きくて、まず母が物を捨てたことのない人でしたし、

数年前、認知症がまだ軽い時っていうのは、こだわりがけっこうあって、

スーパーで野菜を入れるようなちょっとした袋や、割り箸についている「つまようじ」でさえ捨てられなくて、

でも、整理整頓もできないから、いつも鞄に入れて大事に持ち歩くんですよ。

それが家中のあちこちにあって。

「掃除するから、ひとつにまとめて置きましょうね。」でようやく応じてくれましたけど。

 

今は、どんなに物を動かそうが捨てようが、理解ができないから何も言わないんです。

理解ができないから自然と、物への執着もなくなりましたよね。

 

7月、実家に来てから、私がひまなときは掃除をしていたんですけど、

父がいると、「いいよ、休んだら。」と、半強制的に休憩をさせられるんで、あまり進まなかったんですよね。

父が入院して、母もデイに行ってると誰も私に文句言う人がいないので、私は掃除したい放題できました。

 

どちらにせよ、、家の建て替えのために、不要な物を減らす必要がありました。

 

父がもし施設で生を全うするならば、家を建て替える必要はありませんけれど、

帰りたい強い希望があり、心身ともに回復しつつあるのです。建て替え以外の選択肢はありません。

 

そんな状況なので、毎日色々ありますけども。

 

それでもですね、

日々感じているのは、こんな状態になってしまった父を、

みんな一生懸命支えようとしているっていうところですよね、

 

救急隊の方をはじめ、病院の関係の方だったり、リハビリの方だったり、

市の高齢介護課の方、親戚の皆様や、母、祖父の関係の方。

私の知り合いの方、たくさんの方が心配してくれて、父を助けようとして、

母と祖父と自分を支えくれて、それでなんとか生きさせてもらって。

 

今、全宇宙が総力を上げて、私の家族を支援してると感じています。

 

その甲斐があり、発症から半年で、ここまで回復することができました。

 

感謝、しています。

ありがとうございます。

 

おそらく、私たち家族にとって、今、最大の転機を迎えているのではないかと思います。

大きく変わると書いて「大変」です。

しかし、「大変」はずっと続くものではなく、

「大変」が終われば、また静かに、新しい日常が始まっていく、、

 

「建て替え」という最大関門が目の前に立ちはだかっていますが、

それが終われば、また静かな日常が戻ってくると、信じています。

 

父と自分の、新たなライフスタイルの模索が、今すでに始まっていると思うのです。

 

未来予知能力は、もう使いません。

 

理想の家、理想の部屋、理想の生活を、ただ具現化するだけですから。

 

みら*

 

 

大変なことになりました。

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こんばんは。

 

今、少しだけ余裕があるので、書いていきたいと思います。

 

私がそれまで体調崩してたとかはもう、どうでもいいんだけど、

 

もしかしたら、これまでのブログとかと重複するかもしれないけど、まずね、父からメールが届きました。

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詳しくことを聞いても、教えてくれなかったので、14日(月)に実家に行きましたが、詳しいことは結局分かりませんでした。

 

ただ、その時、夕食は父、母3人で食べに行ったのですが、その時から父は、足腰の痛みで、まともに歩ける状態ではなかったです。

 

母は、最近は失禁が多いとのこと、その外食先でもやらかして、幸いにも、その日は台風が接近していて、私がタオルを多めに持っていってたので、それで、対処することができました。

 

その次の日、母のデイサービスでお迎えに行った所、父が動けなくなっている、とケアマネさんから電話がありました。

 

 

私は仕事を休んで実家に行くと、その時は父は動いていましたが…まだつらそうで、自分で救急車を呼び、一緒に病院に行きました。

 

土間で転んだとのこと、服は汚れ、身体中、アザと擦り傷がありました。病院で検査をしてもらうと、お酒の数値が高いのと、肺が、タバコで風船のように膨らんでいる(肺気腫)、今すぐ禁煙してください、と言われました。

 

 

それ以外、検査で気になることはなかったが、春から食欲がなく、食事を取れていないと父が言ったので、がんの疑いがあり、入院して色々検査しましょうと言われましたが、入院は断り、その日は家に帰りました。

 

(父は入院は嫌がるタイプ。

 なぜなら、タバコが吸えないから。)

 

 

台風の雨の中、私の車で帰宅。

すると、家に着いて降りる時に、転倒。

道路に仰向けになり、起き上がれなくなってしまう。ちょうど、母がデイから帰ってくるところで、送迎のお姉さんに手伝ってもらって、なんとか、家に入ることができた。

 

その日は実家に泊まり、次の日に私は帰宅したが、父から夕方に、「しんどいから来て」と電話があって、色々買い物をして夜にまた、実家に行った。

 

水曜日の夜、木曜日、金曜日の朝まで実家で過ごして、金曜日は一度、埼玉に帰って、泊まった。

 

それが、埼玉で過ごす最後の日だと、悟った。

 

しばらく、実家で過ごすため、荷物をまとめて、選挙に行って、買い物をして、土曜日の夕方、泣きながら車を走らせた。ここには、もう戻ってくることはないと、理解していた。

 

本当は私は、埼玉の職場が大好きだから、離れたくないから、離れることがとてもつらかった。今でも苦しい。

 

だけど、、私は同時に理解している。

埼玉を離れないと、次の人生のステージには行けないことを…

 

これは、自分にとっては必要なステップ。

とても苦しくてつらいけど、この道が「光の道」

であることを、私は魂で理解している。

 

そして、土曜日、日曜日、月曜日…

私は、父と母のお手伝いをしながら、家の掃除をしたりして過ごした。

 

22日(火)は、母の通院(糖尿病)だった。

父は状態が悪く、車椅子を借りて一緒に行った。

 

23日(水)は、父の通院。タバコは減らしたらしい。また、色んな検査。肺活量の検査は、指示が通らずできなかった。食事がとれないので、便検査ができなかった。先生は、「認知症の初期症状」を疑った。この間もふらつき、転倒があったことを伝えたが、先生はあまり気にしていないようだった。

 

そして、

24日(木)、この日私が起きて行ったら、父が台所の前の廊下で倒れていた。とりあえず母をデイへ送り出してから、父を布団へ誘導した。

 

その日、父は布団から動くことはなかった。「痛い」「だるい」と苦しみを訴え続ける父。水を要求するので、時々水分を渡す。起き上がることはできなかった。午後からだんだん、意思疎通が難しくなってきた。

 

お弁当が届いて、母が帰ってきて、私は父に頼まれたおつかいに行って、買い物して、18時ごろ戻った。

 

水を飲ませようと体を起こすと、熱い。

検温すると、41度だった。

 

母が寝てからと思ったけど、母はその日は寝る様子はなかった。父はいよいよ会話ができなくなった。呼吸も苦しそう。呼吸困難と、意識混濁で、22時に救急搬送した。

 

様々な検査。

尿から菌が検出されたので、抗生剤の治療。

私が家に帰ったのは金曜日の午前1時だった。

 

朝1で脳の精密な検査をした所、「脳炎」が発覚。この病院では対応できないとのことで、受け入れてくれる病院を探し、栃木県の病院に移ることになる。

 

私は朝からパニックで、親戚や知り合いの方に電話をかけまくった。

 

母方の親戚の方が来てくれて、午後までいてくれた。

 

母のデイまで母を迎えに行って、その足で父の入院先まで行った。午後16時ごろだった。様々な検査を済ませて、病室へと案内された。

 

熱は下がっていたが、会話に難があるのを感じた。

先生は、「熱中症かなぁ〜なんだろう。薬を点滴して、28日(月)に脳の検査をもう一度してみましょう。」とのこと。

 

土曜日、面会に行くと、痰が多く出ていた。

 

日曜日、面会。入院の手続きをする。

黒い嘔吐。

挨拶にきた当直の先生が、吐き気止めの薬を処方してくれるとのこと。

 

月曜日、病院から電話、「今朝方から黒い嘔吐、胃から出血、貧血状態。胃カメラをします。」

(心身疲労のため、面会は行けない。)

 

火曜日(昨日)、私の気持ちの回復のため、ドライブでリフレッシュ。→面会に行く。

最初は「誰?」と言われたが、その後は普通にコミュニケーションがとれた。

 

水曜日(本日)心身疲労のため、面会は行けない、、

 

 

ここまで、やってきたけど、

自分自身、気持ちの落ち込みがかなりひどい。

 

父が、24日の木曜日までは、普通に歩いたり、話していたのが、今は寝たきりで、カテーテルと尿バッグがついていて、食事は今まではそんなに食べてなかったけど、今はペースト食の全介助。全部食べさせてもらっていて、飲み込みがあまり上手ではなく、吐き出してしまうこともあって、完食はしない。

 

まだ、呼吸は少し苦しそうというか、少し引っかかるような感じで、声は力が入らない、弱々しく、聞き取れない。呂律が回らない。

 

身体は、自分の意思かそうでないのか分からないが、今までにはなかったような動き方をする。例えば、近くにあるものを掴む、あるいは掴もうとする。手すりなどは、掴んでゆらし、「これ、はずして」という。

手首についているバーコードも「これ、はずして」という。

 

天井や壁を指差して「〇〇だ」などとよく分からないこという。あと、姿勢維持が難しく、ベッドを起こして座位となっても、すぐに身体が崩れてしまう。

 

TVの認識はあり、じっと見ている。

 

昨日の時点で、コミュニケーションは普通にとれた。日常会話は成立する。少し安心した。

 

個人的な主観ではあるが、

脳になんらかの障害があるような気がする。

 

 

その変わり果てた姿を見るのは、どうしたって心が痛む。そして、今後どのような生活を送ることになるのか、想像するだけで心が真っ暗になるのだ。

 

今は、病院と父の回復を信じて待つこと。

自分がつらい時は気分転換すること。

自分のことも信じて大切にすること。

 

たくさんの方に話を聞いてもらいながら、

支えてもらいながら、

今はなんとか、心を保っていく。

 

みら*

 

 

父の救急搬送から1週間経ちました。

 

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私は、土曜日から実家で過ごしています。

 

父は、家ですごしています。

トイレと、台所と、

母の面倒見るために動いたりもするけど、

基本的にはずっと布団で横になっています。

 

母は、月〜金デイサービス。

8時に起きて着替えて服薬して、

8:30デイ迎え。16:30ごろ帰宅。

 

夕食は健康を考えた宅配お弁当。

夕食の時間と、就寝時間はお互いのタイミング次第。基本的に母から夕食と就寝については言ってくることがないので、こちらから声をかける。

 

母は、土日は平日に比べて食欲がなく、横になっている時間が多い印象。

 

プリン1個だけのこともあった、

 

 

昨日は母の通院(糖尿)の付き添いに行った。

父と3人で行ったのだが、父が、家の外に出た途端、歩けなくなった。腰が痛いと、車の中でも身体が曲がってしまい、幸い、病院には車椅子があったので、なんとか乗ってもらった…

 

母の糖尿は、数値がよいと言われた。

よかったり悪かったりを繰り返しているが、今回はよいそう。認知症の進行も気になるところ。

 

母のためにも、認知症のお勉強をもっとしないとなぁと思った。前に職場で認知症の研修をしていたが、私は出席しなかったのだった、、

 

とりあえず、なんていうか、

調べたら「挨拶が大事!」って書いてあったから、挨拶とか明るい声かけをしていこうかなと思う。

 

着替える、着替えないとか、

おしりを拭く、拭かないとか、

そういう、些細なことでバトりがちで、

私が先週来た時は、イヤイヤながらも、夜寝る前は着替えてくれたしオムツもはいてくれたけど、最近はもう嫌がって、協力が得られない状態になってしまうので、こちらも諦めるしかなくなる。

 

というか、母が寝る頃には私も眠くなってしまう。

 

とりあえず、お互いに距離が近すぎないように、程よい距離感っていうのは、大事にしたいと思いました。お互い、楽しく明るくね、いるのが1番だと思うので。大人と大人のお付き合いというか。

 

あえて明るくいるっていうのは、大事なのかな、

 

それで今日は、母がデイに行っていて、父と病院に行ってきました。

がんを疑われていることから、本日も採血ともう一つ検査があって、便検査は、本人出ないし、取れないのでできなくて、そのもう一つの、なんか「すって、はいてー」する検査が父、指示が通らなくてできなかったらしい。あ、肺活量の検査って言ってた。

 

採血の数値的には問題ないそう。

便検査と肺活量の検査はできなかった。

胃カメラの検査を勧められたけど、

父が断りました。

 

食欲不振と複数の症状があるため、

次回から内科ではなく総合診療で診てもらうことになりました。

 

 

その内科の先生が少しかっこよかったので、

もう会えなくなる、個人的に少しショックでした(TT)

 

あ、あと検査の指示が通らなかったことから、初期の認知症の疑いもあると言われましたけど、まぁずっと食欲がなくて、食べてなくて栄養不足で、家にいてもずっと寝ていて、運動不足、慢性的な疲労があって、

 

それは…脳にも栄養がいかなくなるなぁと、思いました。

まぁ?疲れてるのかなーくらいにしか私は思ってなくて、認知的には父は問題なく生活できていると思います。

 

うーん、、掃除・片付けができなかったり、

自由に外出できなかったり?

物事に対してあまり意欲的ではなかったり、

まぁ、よくよく考えるとそういう傾向はあるのかも、ですが…

 

うちは、父も母も、昔からそういう傾向ではあったので、そういうもんだと思ってあまり気にはしていなかったけど、、、

 

んー。

よそと比べたって仕方ないので、

私はここのおうちに生まれてとても幸せなので、

難しいことはよくわからない、けど、

私は、うちはうちで良いと思います。

 

たしかに、父母にはいつまでも元気でいてほしい。元気で、健康で、食べて、寝て、動いて、人生を楽しく生きてほしいけど、

 

でも、今の父と母は、

今の父と母が選んだ現実だから。

もう、元気でいたくないのかもしれない。

娘に甘えたいのかもしれない。

子どもに返って面倒みてもらいたいのかも。

 

それは、父と母が自分で選んだ現実。

私の自由と引き換えに…

 

 

私は、私だから、

正直、ふざけんじゃねぇ、ですけど。

甘えんな、自分のことは自分でやれよ。ですけど。

 

父と母、病気。つらいのは分かる。

だけど、自分でできることまで頼らないでほしい。

 

自立支援ってやつ。

私と、父母は、大人対大人。

基本的には、対等な関係。

 

決して私が、つぶれたり、心折れたりするわけにはいかない。こんなことで、こんなところで、、立ち止まるわけにはいかない。

 

人生始まってまだ30年だよ、

これからが楽しいって時に、

親の介護なんて、冗談じゃない。

 

父も64で、母も70だよ、

 

まだ、そんな年じゃない。

これは何度だって言うけど、、

 

あ、今向こうで人が歩いてる音がしたから、

ママが歩いてるのかなーと思って見に行ったら、

パパがまた転んで動けなくなってた。

 

畳に血がついてたから、見たら膝のところ擦りむいて怪我してたみたいで、絆創膏貼ってきました。

 

 

あ、それでね、

これは何度だって言うけど、

父と母は、まだ若いんだよね。

病気になるような年じゃないし、

介護が必要な年じゃないでしょ?

 

見た目だって若くて綺麗だよ??

おじさんおばさんには見えないよ?

 

お兄さんお姉さんだよ、

あーもう…

 

 

 

とりあえず、私は元気でやってます。

 

父と母のお手伝いしてます。

あと、家の掃除と、駐車場の草むしり。

あと、買い物とか行ってます。

暑い時は、疲れて寝ちゃったりするけど、

 

今日は少し元気。

 

暑いので、疲れたら休むことと、

食事は気を遣っています。

 

夏野菜。きゅうり、トマト、レタスをサラダにしたり、スイカとかたまに食べてます。

お魚、お肉、チーズ、卵、とにかく栄養つけないと暑さにやられてしまいます、

主食はやっぱり、玄米!

お味噌汁はインスタントだけど、塩分補給します。

 

緊急の体力回復は、アリナミンゼリー。

 

私はとても食事はこだわっているけど、

父と母は、つくってあげても食べないので、

もう放置です。

 

おもちゃのギター🎸弾いてる!

小学校の時から家にあって、

家族誰も弾けないから結局出番なくて、

数年前私が車庫に捨てといたのを、

また拾ってきて弾いてる!

 

おもちゃなのに、めちゃ音いいし楽しい。

 

というわけで、父の救急搬送から1週間経ちましたけれども、うちの実家の様子のご報告でした。

 

あとね、不思議なことに、ここに来てから、

足が痛くなくなったんですよ、

今まで5月?くらい?から毎晩、痛み止めを飲まないと眠れないくらい、足が痛くて大変だったのに、もう1週間飲んでない!よく眠れてる!!

 

ということは、ここは「光の世界」っていうこと、すごうでの整体師さん言ってた!

 

光の世界に行った時、足の痛みはなくなりますと言われたので、ここは「光の世界」ということですね、分かります。

 

ほな、またお会いしましょう。

ありがとうございました。

 

みら*

 

 

2025年7月、大災難なう。

こんにちは、みら*です。

 

2025年7月、

とんでもないことが私の身に起こっています。

起こることがありえないことばかりなんです。

だけど、不思議なことに、私の魂はそれをまるで知っていたかのように、平然としているんです。

色々なことがあって、気持ちの整理がつかなくて、心が壊れてしまいそうなくらいなんです。

 

とりあえず今回は、今現実に私に起こっていることを、わーっと書いていきます。まとまりがないかもですが、すみません。

 

 

えっと、前回も似たようなことは書いたと思うのですが、春とかは、なんか平和な感じで過ぎていったのですが、5月後半から少しずつ体調不良が出てきて、6月はお金の問題が出てきました。

 

今までは、パートの収入では足りなくて貯金を崩して生活をしていたのですが、いよいよそれも考え直さないとなぁ、というタイミングになりました。6月は今年度の税金が確定するときで、早くて6月30日には第一回の税金を払わなくてはいけない。年4回で合計64,000円。これがかなりの出費なので、親にお願いしてお金を頂いたのですが、やはり親からお金をもらうのはよくないと、自分の力で、自分の生きていくお金は稼がないと、と強く思いまして、色々計算したところ、最低15万円、あと月3万円稼ぐことができれば、生活も安定するし、なんなら今後のための貯金もできると思いました。

 

まぁ、もしかしたら、収入が増えることで税金が増え、結果的にあまり変わらなかった、という展開になる可能性もありますけど、、

 

だけど、なにもしないよりは。

新しいバイトを始めて、今までとは違った生活になるのも、むしろ楽しそうと思ったり、福祉とは違う業界を経験するのも楽しそうだし、

昼間の時間にすることで、あまりにもひどかった昼夜逆転が治るかもしれないし、また自分の世界がひとつ広がることはとてもいいことだな〜と、わりとポジティブに考えていました。

 

そう考えると、ピンチはチャンスだ〜!

お金の心配が出てきたことで、新しい挑戦へのきっかけが生まれた、人生万事塞翁が馬〜。

 

という、超楽観思考。

 

そしたら、体調がよくない時がずっと続きました。腹痛もわりとずっとなおらなかったりするものが、数回あったり、熱も3週続けて38.0超えのが3回でたりだとか、

腹痛にかんしては、一度内科で診てもらったんですが、エコー検査結果、脂肪肝と言われました。

 

6月は、夜勤が大変な時もあったので、それが原因で、昼夜逆転がひどくなってしまったり、疲れがとれにくかったり、足の痛みがとれなくて、薬を飲まないと眠れなくなってしまったり、先ほど書いたような体調不良の症状が出てしまったのかな、と思うこともあります。

 

あとは、月経不順、月経痛とかもかなりひどかったので、相当、疲れやストレスが溜まってるのか、生活習慣が乱れているのかなぁと、感じました。

 

そういったこともあって、「お金」「仕事」ときて、「健康」「生活全般」への意識がものすごく高まっていて、食事も、しっかり食べようだったり、お砂糖は控えて、お魚とか、栄養のあるものをしっかり食べよう、とか、あと、

 

散歩への意識がすごい高くて、「起きたら歩く」

朝でも夕方でも、1日1回は外に出て歩く、太陽を浴びる、という意識が自分の中にできました。

 

それらの意識が、あまりにも強すぎて、神経が張りつめてしまって、たとえば、眠りにつきにくい、眠れても1〜2時間で覚醒してしまう。1度覚醒したら再入眠できない。ということになり…しかも、目が覚めたら散歩に行く、という厄介な自分ルールのせいで、それが朝4時だったり朝7時だったり、昼の12時だったりするわけですが、

 

暑くて汗だくで帰ってきて、シャワーを浴びて、

どうしても睡眠不足で、必ずお昼寝をするという感じ。

 

夜に数時間、昼に数時間寝るという生活。

 

はりつめた意識の中で、最も強いものは、「なんでもいいから、今までの自分を変えたい」というものでした。

 

お金に余裕がある自分になりたいし、なんでもいいから、新しいことに挑戦して楽しい自分になりたいし、いつまでも健康でいたい。

…でも、どうやって??

 

なんとかして、今の自分を変えようと、アップデートしようと、散歩も毎日違う道を歩いたり、ネットで色んなバイトを探してみたり、音楽を聞いてみたり。

 

そんな、感じで、

体調不良と、意識の変革が交互に訪れるような毎日…

 

突然の、父からのメール。

「近いうちに入院しますので、あとはよろしくね。」

 

いったいどういうこと…!!と思い、

詳しく聴くために、台風の中、実家へ行く。

 

いったいどうしたの?

父、数日前から調子が悪いとのこと。

 

父は、警備員の夜勤を長くやっていたため、足腰の痛みを今も抱えて生きている。昔から、歩くのは遅く、「痛い、痛い」と言いながら生活していた。そんな父の、足腰の状態が悪化してしまったようで、立ち上がること、歩くことが困難になってしまった。その日、父、母と外食に出かけたのだが、そこで、父が、足腰の痛みがひどく、何度も転びそうになる。

 

なんと説明すればよいか、足腰の動きが悪いのだ。思うように動かない、固まってしまう、よろけてしまう。そんな状態だったが、その時は2人で支え、歩くことはでき、転倒には至らなかった。

 

母も母で、その日は失禁が多く、お店でも大変だったので、私が対応するとなんとか、食事に集中することができていたけど、

1ヶ月の間に、両親がこんなにも老い進んでしまったことに、衝撃を受けつつ、まだどこか他人事のような気持ちもありつつ、複雑な思いであった。

結局、父の入院について、詳しいことは分からない、今でもそれは分からない。

 

その次の日の事だった。

ケアマネさんから電話があり、母をデイサービスでお迎えに行ったところ誰もでてこなくて、父がうずくまって動けなくなっていたと、すぐに行って救急車を呼んでください、と言われた。

 

私は寝起きだったけど、すぐに準備して向かった。着いたのはお昼くらいだった。父はその時は普通に歩いていたけど、少し足どりがおぼつかない様子で、歩くのが困難と思われた。

 

救急車を呼んで、一緒に病院へ行った。救急外来。車椅子に乗せられて、色んな検査。

お酒の数値が高いのと、タバコによる肺気腫、肺が風船のように膨らんで、心臓が浮いている。タバコは禁煙して下さい。

他にとくにあやしい影はなかったけど、体重の減少や、食欲不振があるので、がんの疑いで胃と腸は検査してみる必要がある。

と言っていた。

 

入院は拒否して帰ってきた。

車を降りて、すぐ転倒してしまった。

立ち上がることができない。歩くことができない。

転倒が多く、身体はアザと擦り傷だらけ。

ちょうど、母がデイの車で帰ってきたところだった。デイのお姉さんが、手伝ってくれて、父を玄関まで一緒に連れて行ってくれた。台風で、雨が降っていた。

Tシャツはひどく汚れていたが、あれから2日たつ今日も、そのTシャツを着替えることもなく、洗濯することもなく、ずっと、父は着続けている。

 

父は、よくわからないけど、多分普通じゃない。

ずっと同じ服を着ているし、お風呂も入らないし、歯磨きもしない。

そして、今では認知症になった母も、着替えや歯磨きの習慣は、もうない。入浴はデイで週3回。

 

私がいる時は、母には着替えてもらうし、歯は寝る前に磨いてもらうけど…たぶん、私がいない時は、ずっと、着替えないし歯も磨いてない。

 

私は、グループホームで働いているから、食事や入浴などは当たり前と思ってしまうけど、実家に帰るとそれは当たり前ではないんだと気づく。

 

だけど、そうして、父と母はどんどん具合が悪くなっていく。食事もとれない。入浴もしない、歯も磨かない。そうして、どんどん、弱っていく。そう考えると、ハードルは少し高いかもしれないけど、当たり前の日常を大切にしてもらうことで、少しでも長く健康でいてくれるなら、実家にとっての、「当たり前の日常」を私がつくっていくことができるのなら、、

 

多少のお節介は、いとわないつもり。

 

それから、私は、実家で過ごしている。

父と母のお手伝いをしている。

 

父は、移動がつらいから、移動が必要になることを手伝っている。洗濯物干し、ゴミ出し、買い物など。母は就床、起床と、着替え、食事、服薬、など、生活の要所要所でのお手伝いをしている。

 

母は認知症があり、声をかけないと次の行動に移せなかったりする。おなかがすいていれば、食事を前に置いてあげれば、自分でごはんを食べることはできる。トイレは自分のタイミングで行けるけど、用を足した後の行動を忘れていて、トイレットペーパーの扱い方が分からなかったり、流し忘れたりがある。

 

気になったことは、「分からない」と繰り返すようになったことが増えたこと。昔は私や父を名前で呼んでいたのに、今は「この人」と呼ぶこと。

なんだか、ぼんやりしているような感じ。

 

もう、昔の母は戻ってこないのかと思うと、少し切ない。それでも、、嫌な気持ちになっても、出て行ったりもせず、徘徊もせず、泣きもせず、怒りもせず、目の前の私の我が儘に「嫌だ」といいながら、色々話していくと、その愛しさゆえ、その寂しさゆえに最終的には、「はいよ」と言うことを聞いてくれる、つらいけど、それしか、愛を伝える方法をもたない、貴重な親子の、愛の会話。

 

私は、職業柄こういうトークは慣れっこなので、もはやセールストークのように、口からペラペラと、ただ、相手を説得させるためだけの、薄っぺらいものが、自然と出てきてしまう。

 

母は、認知症とはいえ、私の母ではあるから、おそらく、それすらも分かっているのだろう。それがお互いにつらい。

 

分かっていることと、分からないことと、色んなことが、ごちゃまぜになってしまって、今自分の目の前にいるこの人が、どういう人かなんて、もう…、お互いに、どうでもいいのかもしれない。

 

なんて。

 

とりあえず、そんな感じで、父と母の手伝いをして過ごしている。

 

 

すみません、

長くなってしまって、次の日になりました。

今は、川口の方に帰宅しています。

 

シャワーを浴びて、今日はこっちで寝ますけど、明日にはまた実家に行かなくてはいけません。

 

それで、まぁ色々あって、

その、なんていうか、、

 

しばらく実家ですごすことになりました。

しばらくと言っても、父の症状の回復する見込みは、あまり感じられないので、、

実質、今後私は実家で暮らす方向性になるんじゃないかと、思います。

 

仕事も、行けないので、これを機に辞める方向になるんじゃないかな、、

 

実家で、父母のお手伝いをしながら、何か、自分で稼ぐ方法を探さないといけない。

 

まぁ実家だから家賃もいらないし、光熱費とかもいらないから、月10万弱稼げれば、良いのではないでしょうか…

 

新しい仕事、新しい環境、、

これぞ、私が心から望んでいたものなのに、いざそれが現実になろうとすると、やっぱり、一人暮らしの心地よさだったり、今の職場のよさばかりがね、あふれて止まらなくなってしまう。

 

だけど、動き出した時計はもう、戻ることはない、私は、人生を大きく変化させるタイミングにいる。ついに、今その時なのだ、、

 

 

なにをどうしたって、

今の仕事を長く続けるビジョンは見えないし、今の家に長く住み続けるビジョンは見えない。どこか釈然としない、そんなイメージを抱いて、私はもう数年前から過ごしてきた。

 

まさかそれが、こんな形で現実になるなんて思っていなくて、自分でもショックが大きいのだけど、、まぁ、こうなってしまったものはしょうがない。

 

こうなってしまったからには、、もう、覚悟を決めて、前に進むしかない。

 

そう言えば、5月に実家に行った時も、似たようなビジョンがみえたなぁ。

 

ちょっとまだ、思考も、感情も落ち着かないので、今日はこの辺にして寝ようと思います。

また、できるだけ早いうちに、今後の人生の方向について、書いていきたいと思います。

 

明日はまた、実家に行きます。

しばらく実家で暮らすことを考えて、必要なものを色々、持っていくと思います。もう、ここには、しばらく戻ってこないと思うし、仕事も、行けないと思います。

 

先のことはよく分からないけど、とりあえず、今できることをやるしかない、やりながら、日常を繰り返しながら、感覚をつかんで行って、少し余裕ができたと思った時に、また、自分らしく生きていくことを、考えていきたいと思います。

 

父の状態にもよるけど、引越しとか、新しい仕事とか、あと、今の実家のある場所は、私が知っているところとは、ずいぶん変わってしまったから、、また、最初から、土地を知るところから、始めなければならないとか。

 

新しい方向を考えるのと、今の日常を失うことのさみしさと、色んな感情が交差して、心がよく分からなくて、整理しきれないです。

 

とりあえず今は、自分ができるだけ疲れないように、元気でいられるように、父と母を支えられるように、それだけを考えていこうと思います。

 

また、書きます。

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みら*

 

 

 

魂との接触について(2025夏至)

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↑この写真は、夏至の日に撮影したものなので、

夏至のパワーがあります。

 

あの、今日は6月26日なのですが、この数日で起こったことを書いていきたいと思います。

 

まず、春分の日から未来予測として感じとっていることは、「あんまり変わらないだろうな」ということです。

 

良くもならなければ、悪くもならない。

そんな感じがあって、なんなら夏至を過ぎた今現在でも、そんな感じがしています。

 

それは、世の中が、というより自分自身のことです。

 

というわけで、わりと平穏に過ごしてきたわけで、、、まぁ、なんというか、5月ごろから、頭痛とか腹痛とかで仕事を休む日もあったけれど。

そして、、自分に起こった問題と言いますと、6月は税金の振り込み用紙が届きますね。

 

市民税、県民税、森林税というやつ、64800円。

払えるかぁ〜!ということで、実家に支援を求めに行ってきたわけですよ。

 

今年から、車の保険も私の通帳から引かれますので、それもけっこうな額で。ということで、わりとお金に関して真剣に考えないといけない、という風になりました。

 

もともと、今はパートを週5日やらせてもらってますので、それが自分ができる精いっぱいの時間なので、4月から昇給で、少しは上がっているけども。なかなか厳しいところがあります。

 

それで、お金の使い方を考えたり、お金のことを考えようと思ったのと、あとは単純に、収入を増やす必要があると思いました。

 

それで色々考えて、アルバイト先を増やすとか、いっそホームの正職になるとか、とにかく、お金を得ることを第一に考えようと思いました。

 

そして、悶々と考えました。

 

他の仕事をするイメージはあまり浮かばないので、ホームの正職として…

苦手な職員会議に出て、苦手な月間報告、総括、苦手な8:30出勤everyday…それも、前よりはましなのかな、何より職員集団が優しいすぎる。長の方に相談してみようかと、本気で思いました。

 

 

次の日。

 

はぁ、待て待て、いったい私は何を考えているのか。なんのために正職を辞めてパートとして働くことを決めたのか。

 

あの、とんでもなく生き苦しい正職時代を忘れたのか。ようやくここまできたんじゃないのか、また同じ過ちを繰り返すのか。

 

ちがうちがう。私はアーティストとしてその使命を果たすために、生きると自分に誓ったはずだ。ならば、今からでももう一度、アーティストとしてお金を稼げるように、頑張ってみようじゃないか…!!!

 

 

その夜、38.0の熱を出し、寝込む。

 

なんか、色んな声が、頭のなかを駆け回っているが、どれも私の、魂の声とはちがう。

 

外からの、刺激を、断ち切り、もうなにも、聴こえない。私は、ようやく、眠りについた。

 

やっと、であえた、もうひとりの私は、「みら」と名乗る。目が、開かなくなってしまっていた。ホームの首輪が、苦しいよ、と言う。

 

昨年、集からホームになったとき、私につけられた、首輪。ホームを辞めるまで、これは、はずれることはない。そして、そのまま、、、魂との交信は途切れてしまった。

 

昨年の春に、らむとひとつになれたと、思ったら、6月、突然のおわかれ。らむは、新しい世界に旅立ってしまったの。

 

2月に熱を出した時、出会った「みら」は、「水」の性質をまとっていて、色々なことを教えてくれた…

 

今回、目の前にいる「みら」は、2月に出会った「みら」とは違う。私のこころのなかに、ずっと閉じ込められている、「みら」だ。きっと、私の本来の、姿、なのだろう。

 

里の最後の2月に見た「みら」と、とても似ていた。その時の「みら」は、重たい鎖に閉じ込められて、暗くて重たいところにいた…

 

とても似ているが、里のときよりは、つらそうではなさそうだった。

 

なんなら、首輪を叩き割っていたからなぁ…。

 

 

里の時よりは、つらそうではないけど、

つらいのには変わりない様子だった。

 

私は、私たちは、その時にしたように、

お互いに涙を流し、

出会えたことへの喜びを伝え合い、

お互いを愛していることを伝えあった。

彼女を、思いきり、抱きしめた。

 

ずっと、会いたかった。

本当の自分。

 

自分の魂。

だれよりも、愛している。

 

 

私がまだうまく瞑想ができないため、

雑念にとらわれているため、

 

高熱を出す、という手段でしか、

私は本当の自分とつながる方法がない。

 

情けないが、仕方ない。

 

 

そして私は、数年前と同じように、

私のなかのすべての愛をささげる。

自分の魂に。

 

どうか、自分の魂が、もうこれ以上苦しむことがないように。今よりも幸せに、生きることができるように。

 

みらは、笑ってくれた。

 

 

あの時は、とてつもない覚悟がそこにうまれた。もう、貴方を傷つけ苦しめることはしないと、約束した。アーティストとして生きることが、「みら」を幸せにするための、唯一の方法だった。

 

今は、もうなにも、ない…。

ただ、「みら」が笑ってくれたら、いい。

もはや「私」は存在しない。

「みら」が私の主人公、

この人生はもう、「みら」のものだから。

「みら」が、幸せだから。

 

そうすれば、私は光につつまれるし、

もう誰も傷つかないし、世界は平和になるから。

アーティストとして生きるかどうかなんて、

そんなのは、もう関係ない。

 

すべて、「みら」が決めること。

私はそのために、黙って、意識を「無」にする。

 

すべてを、手放す。

私は、消えた。

 

 

 

 

熱は、下がらない。

身体が重くて、つらくて苦しい。

「もう寝た方がいいよ」という私に、

「みら」は、「歌いたい」「踊りたい」

「音楽を、聴かせて」と言ってきかない。

 

それで、つい、言い合いになってしまった。

38.0だから、身体を動かすことはできる。

 

「みら」は私に「うるさい!」と怒った。

 

私は、その後は、「みら」をただ見守るしかなかった。「みら」も、ダメなことはちゃんと分かっていて、時間も深夜だったので、大声を出したりはしないし、大きな音は出したりしなかった。

 

物に当たることもしなかった。

ただ、それよりも楽しくて楽しくて、しかたないようだった。イヤホンで音楽を聴いて、静かに口ずさんで、静かに踊って過ごした。

 

そのうち、踊り疲れて、すごい、息切れをして、あれだけ横になりたがらなかったのに、横になって、寝てしまった。

 

 

 

それが、蟹座新月の日の、出来事。

 

 

結局、眠ったけど、汗をかいて起きて、

汗を拭いて、お腹すいたからご飯を食べて、

また眠ったけど、その日もだるくて1日寝てた。

 

色々とやろうと思ってたのに、何もできなかった。身体が、とても重たい。

 

翌日は、回復してきたので、仕事に行った。

 

 

 

 

なんだろう、なんていうか。

 

いつもとちがった。

 

 

周りの人はそれまでと変わらないのに。

 

私は、「みら」のままだから、

いつもよりも、ふわっふわだし、病み上がりだからか、身体は少し重いし眠かったけど、発言とか、もう少し気を遣えばいいのに、いつも言わないような、本心がポロポロ。(冷静に考えると、子どもっぽいような発言。)

 

周りの人たちが優しい人たちだったから、なんともないようにできたけど、これで厳しい人いたら、なんて言われていたか分からない。

 

 

あと、ふと、去年の自分を思い出したんだ。週2で夜勤やって心身ともにボロボロになってしまって、自分にとって、集は本当に大好きな場所だったから、集にいる間は絶対に体調は崩さないと決めていたし、絶対に迷惑はかけないと決めていたから、

 

だから、集にいることは、もうつらかった。

でも、また元気な自分で、今度は職員じゃなくて、ひとりの人間としてまたキラキラな波動を共有できたら、すごく幸せだと思っているし、その日は必ずやってくると思っているけど。

 

おそらく、ホームにいる間は、その日は来ないんだろうな。

 

 

 

それで、アーティストとして生きていく自信もなくなってしまって、それで、今があるんだけど、

まぁ、2024年はなんやかんや、やってはいたからね。平和美術展もやったし、ギターもわりと動画更新してましたし、楽しんではいたんだけど、

 

どうしても、

 

ホーム優先というところはあったし、なんていうか、思考停止してしまっていた気がしていて。

 

そんな自分に対して、むしょうに腹がたって、

っていうことが、今日はありました。

 

 

2024年3月の自分がこんなんやったから、

今の自分がこんなに苦しんでるやんけ!!

 

自信ないってなんやねん!!

 

その結果がこれだよ!!

ろくなもんじゃないよ!!

 

自分の人生じゃないんか!?

他人の人生ちゃうねんで!

無責任すぎるっしょ!!

 

夢に向かって生きないで、

どこに向かって生きる気なんだ!!!

 

夢から逃げんな!!!

自分から逃げんな!!!

 

逃げるからこんな

しょーもない生活になるんや!!

 

あまえんな!!!

 

 

 

自分が自分に対して怒るって、

人生で見たことないし、驚きしかないけども、

 

なんか、魂が目覚めたというか、

本当の自分が、表に出てきたというか、

 

なにがなんだか、よくわからないけれども、

自分の中の何かが、大騒ぎしておりまして。

 

過去一、大変なことになっております。

 

 

じゃあ〜

そうは言うけど、いったいなにをしたらいいか?

それはまた別のお話のようです。

 

なにをするかよりも、

そこに向かう気持ちの方が大事のようです。

 

 

まぁ、そりゃそうだけど。

 

 

覚えてますか?2月に出会った「みら」は、

これから貴方は、蟹座から獅子座へ、テーマが移行すると言っていました。

 

 

ちょっと、これからどうなってしまうのか、

全く想像がつかないです。

冷静に分析するのであれば、意識の部分が変化している段階なので、現実で変化が起こるのはまだ先のように思いますけど。

 

 

とりあえず、意識において変化しないといけないことが、たくさんあるみたいですね。

 

まずは、自分が主人公、ということを思い出す。

とにかく楽しい気持ちで動くこと。

現実世界で起こることは、気にしない。

たぶん色々ズレてくるだろうけど、とにかく気にしない。

 

意識することは【無】。

つまり、無意識の状態で生きる。

 

現実思考は目を瞑る。何も感じない。

全ての感覚を閉ざす。

魂にすべてをゆだねる。

 

瞑想状態で生きる。

それが、正しい状態で生きるということ。

幸せに、生きるということ。

 

私は、ずっと音楽を聴いてる。

 

音楽は、聞けば聞くほど、

感情と記憶と、リンクしてくる。

 

まだ、完成段階ではない。

 

うまく、リンクしてくると、

音楽を聴いているだけで、

色んな世界が視えてくるようになる。

それが、私の仕事、なのだよ。

 

その次元領域に辿り着くこと。

 

もちろん、時と場所と、星回りと体調と、

色んなタイミングがあるから、

それが全てではないけれど、

 

何度も何度も、

この地球でやるべき使命があることを、

思い出すんだ。

 

そうすればもう、

人はもう、2度と迷うことはない。

 

そう、忘れてはいけない。

なにをしに生まれてきたのか。

 

もし、思い出せなければ、

ただ、生きているだけでいい。

 

自分ができることを、

一生懸命にやるといい。

 

そのなかで繰り返し、繰り返し、

起こることを、線をつないで考えるんだ。

 

すべてのことに、意味があるから。

 

自分の人生を生きることを、

決してあきらめちゃだめだ。

その手綱を、そのハンドルを、

他の人に渡しちゃだめだ。

 

4:00過ぎたので、そろそろ眠るとしよう。

朝焼けがとても、綺麗な時間。

最近はいつも、この時間になってしまうな…

 

 

月日は流れ…

 

夜勤から帰ってきました。

 

楽しくて楽しくて、少し頭のおかしい数日を過ごしています。ハイテンションで、気を抜くと歌い出したり、自分で何を言い出すか分からない感じです。

 

運良く、仕事に支障はありませんでした。

あんまり記憶はないけど、大丈夫でした。

そんなことよりも、疲労が大きいです。

 

ん〜まぁ、いつも通り、いや、いつも以上に色々なことがあって、なかなか濃い時間でしたけど、ずっと楽しいかというと、そうではないことも多いですよ。

 

こりゃ、歌でも歌わないと、やってられんですわ。

 

 

思考が先、現実があと、という言葉もあるので、

あれこれ、やらなきゃいけないこともあるし、状況によっては対応しなきゃいけないこともあるので、全部が全部自由な時間ではないですが、

 

少しでも前に進むために、、

まずは「好きな音楽」を聴いて、リラックスして、思考を「楽しい」で満たす。

 

これが、未来を手っ取り早く変える、自分軸で生きるための効率の良い手段であると、ひとまず私の魂は理解をしています。

 

無理をしない。

とにかく、疲労回復に集中する。

 

やらなければいけないことは、もちろん理解していますが、そこに対するエネルギーが、マイナスになってしまうと、マイナスの現実が引き寄せられてしまうことを、私は知っています。

 

とにかく、疲労回復に専念する。

思考をずっと「ポジティブ」にする。

 

とりあえずは、そんな感じで過ごしています。

 

またしばらくは、自分と向き合う時間だと思っています。ブログを書くことは正直だるくなってきているけど、そうも言っていられない、それをすることによって、ポジティブな未来を掴めるのならば、私の魂が苦しみから解放されるのならば、

必要なだけ、ブログを書き続ける必要があります。

 

ひとつ確かなことは、魂のステージが確かに変わったということです。止まっていた時計の針がまた、動き出したということです。どこにいくのか、私には分かりませんが…

 

また、記録したいと思います。

情報量が多くなってきたので、今回はここまでにしたいと思います。最後までお読み頂いて、ありがとうございました。

 

みら*

 

 

 

オポジションの考え方

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こんにちは。ブログを書いていきます。

 

最近はなかなか、思うようにいかない日々です。

なんというか、身体がしんどい感じです。

 

仕事は楽しく行かせてもらってます。

仕事に関しては、特に変わりないです。

色々と思うところはあるけど、、

いや、今は、、、

今のところを離れるべきでないと思っています。

 

もしかしたら、違う世界線もあるんじゃないかと思う時もあるけど、それでも、今は、自分の役目というか、上手く言えないけど、自分がまだしばらくは、いた方がいい気がするので、しばらくは仕事は変わらないと思います。

 

ただ、最近なんというか、今はもう夏みたいな気温ですけど、5月の急激な気温の変化だとか、急激な天気の変化だとか、そういうので、身体がやられてしまうことがあって、

 

頭痛とか息苦しさがあって、それで、仕事に来れない日があって。

 

つい最近は、食あたりで腹痛になってしまって仕事に来れない日がありました。

5日くらい続いて、結構きつかったです。

 

それで、治ったと思ったら今日も冷凍のお惣菜でお腹をまた痛めてしまいました…。

 

無添加のものなので安心のはずですが、

ハンバーグやチキンステーキなどでお腹を壊してしまうことが多いので、処分することにしました。

 

そんなこんなで、まぁなんとか生きてます。

腹痛で死の恐怖を感じましたので、今生きていることの実感っていうのは、わりとありますね。

 

この暑さなので、外へも行けず。

家にいる時は音楽を聴いたらYouTubeを見て過ごして、少し元気な時はギターやったりとか、してるんですけど、

 

ギターは、6月に9曲UPして、これはわりと適当なので自分でもあまりあれなんですけど、まぁ、今年あまりUPできてなかったので、ウォーミングアップと思って見て頂けたらと思います。

 

それで、次に向けて色々、やりたい曲を弾いてみたり、なんやかんやはしてるけど、今のところそんな、、しっくりくるわけではなく、というところ。

 

あとWi-Fiもずーーーーっと不調なので、動画編集もできてない、というところ…。

 

今日はとりあえず絵を描いてみたりしたけど、

完成には近づくけど完成するわけではない、なんかもう本当に、煮え切らない…と言いますか、別にこうしてブログに書くような特別なことは、何一つ起きてない、という感じですね。

 

 

あの、最近本当にすぐ疲れてしまうので、ブログを書こうと思っても、アプリを開くまでの時間がとんでもなく長いのです。

 

だいたい、この時期体調不良からのメンタル不調になることが多いんですけど、メンタルはまだ無事です。生きててえらいえらい!って感じで、メンタルだけは超絶ポジティブマンなのです。

 

それでね、今回何を書きたいかと言いますと、5月の満月の時にね、降りてきたインスピレーションについて、深掘りしていきたいと思います。

 

それは、また星座のことなんですけど、

 

あの、星座の正反対の場所のことを、「オポジション」って言うじゃないですか。

オポジション」の意味っていうのは、あの、真っ向から対立する、とかそういう意味だったと思うんです。

 

今ちょっと調べてきたんですけど、

オポジション」は、2つの天体が正反対の位置にある状態で、対立、緊張、葛藤を表すそうです。

 

えっと、私なりに補足すると、向かい合うことで、お互いに、こう、向き合うかたちになるので、ちょっとした「試練」とか「制限」「課題」みたいな感じで、相手を意識しようね!っていうメッセージが来る感じのイメージです。

 

でもそれって、文字だけみるとちょっとネガティブなイメージあるじゃないですか。私もそれに、ちょっとネガティブなイメージがあったんですけど、

 

5月の満月、つまり「蠍座満月」では、

お互いにないものを補い合う、支え合うと考えてくださいっていうインスピレーションが降りてきたんです。

 

これは、星座に限らず、相反するものですよね、全てに当てはまります。

 

と言われて、パッと思いつくものが私は、あんまりないんですけど、、例えば、男性と女性とか、自分と他者とか、、難しい…

 

私がイメージしたのは、星座ですね。

それまで正反対の星座同士は、対立関係というか、良くも悪くもお互いに強い影響力があって、それくらい、自分にとって目を背けたいけど背けることができない、「自分自身」そのものというか、自分の解消すべきカルマの相手というか、色々、言われ方はあると思いますが、文字通り「運命の相手」と言える相手と思います。

 

それで、そういう風に書いたりすると、どうしてもネガティブな印象になってしまって、なんだか試練のように感じてしまって、あぁ、見たくもない自分と向き合わなきゃいけないんだとか、関わらなきゃいけないのかと、できれば避けたいという思いが、その裏側にでてくると思うんですが、

 

そうではなくて、

 

自分を補ってくれる相手、とか。

自分のことで悩んだ時に、相手のことを考えると上手くいく!と言うふうに、ポジティブな思考に切り替えることが大切だと思いました。

 

自分のことについて、考えたくなかったら考えなくていいし、相手と関わりたくなかったら、関わらなければいいのです。

 

ただ、愛に目覚め、次元が上昇し、自分をもっと知って愛してあげたいと思ったら、それができるひとつの方法である、ということなのです。

 

さて、ここからは、それぞれの星座が、正反対の星座からのテーマを受け取り、お互いに補い合い支え合った時にどのようになるか、考えていきたいと思います。

 

星座とは、人生サイクルを表しているので、自分の星座だけでなく、すべての星座のテーマを読むことをお勧めします。そして、この記事はすべて私の完全なる独断と偏見になります。

 

 

おひつじ座は、自分です!あの、自分生まれましたけどって感じの星座です。対して天秤座は、色んな人と交流する星座です。

 

おひつじ座の生まれたての不安定さ、ふわっとした感じに、天秤座は、持ち前のバランス感覚で支え、逆に、天秤座が人と交流しすぎて疲れてバランスを崩してしまった時、牡羊座から「自分を大切にすることの大事さ」を教えてくれます。

 

赤ちゃんと母のようなイメージを持ちましたが、案外母も、赤ちゃんからたくさんのことを教わりますよね。

 

 

牡牛座は身体感覚を大事にします。豊かさや才能も牡牛座のテーマです。蠍座は、自己変容、情熱がてテーマの星座です。

 

牡牛座は、一見すると牡牛座だけで世界が完結しているように見えます。それだけ、牡牛座の世界は出来上がっているからです。でも、蠍座のテーマである、「ひとつのものへの強い愛情」「こだわり」「職人気質」を意識することで、牡牛座の世界はより強く輝くものになります。

 

蠍座は、その強い愛により、相手のことしか見えなくなってしまう?ことがありますが、牡牛座のテーマである、現実主義を意識することで、世界のバランスをとることができます。

 

 

双子座は、知りたい遊びたい気持ちがテーマの星座で、射手座は未来思考の星座です。

 

…うん、知りたい遊びたい、知的好奇心の塊の双子座と、人生は冒険、旅の射手座が出逢ったら、すごく楽しくなるに決まってるっしょ〜!

この2者に悩みなんてあるのか?って感じですけど…うーん…あえて書くとすると、

 

双子座は、広く浅い世界になりがちなのに対し、射手座は方向性を示してくれる。射手座は、冒険に旅に色々動くことが好きだから、双子座が、めっちゃ情報提供してくれる…?

 

闇が取れないので、こんな感じになりました。

 

 

蟹座は、愛情深くて家庭思考。山羊座は、社会の役割をコツコツこなす星座。これは、家を守る母と会社に働きに行く父っぽい!

 

これ…は、もう言うことないです。

優しくて家族思いの蟹座と、誠実で実直で、勤勉な山羊座。補い合い支えあう、そのままですね。

 

 

獅子座は、自己表現。水瓶座は、革命とか、自由博愛平等がテーマの星座です。

 

獅子座のテーマが自己実現だからこそ、獅子座の闇は、自信のなさとか、経験不足とか、努力不足とか、そういうところになってしまうんですが、

あとはあれね、火種(ひだね)みたいなやつ。

燃やすものがないと燃えない…ってこれ伝わるかなぁ。エネルギーの源みたいなものが必要なのよ、獅子座って。

 

ぶっちゃけ、水瓶座と出逢ったからといって、獅子座のなかで何かが変わるとかそういうのは、ないですけど。

 

でも、水瓶座のテーマはやっぱり、既存の社会から1歩超える、枠を超えて、常識すらこえていくところにあると思うから、そういう姿勢とか生き方って、獅子座の表現においては、すごい刺激になるというか、インスピレーションになると思いました。

 

水瓶座は次元を超越しているので、もう、「自己」というステージで生きているわけではない。「神」に近い視点で生きてる(かもしれない)けど、でも、そうすると、せっかく自分という肉体と感覚と感情ともって生まれてきたのに、それが生活の中で置き去りになってしまう。それを獅子座が補ってる(気がする)

 

 

テーマだけみると、なんか刺激を与え合うような関係なのかなって思うんですけど…、正直、そんなことないです。まぁ、楽しい?相手ではあるけど、それぞれの時間を過ごすことが多い…かな。

 

話すけど、感情の共有はあまりしない。

自己表現の要素がないと、獅子座は段々きつくなってしまう…かな。

 

 

星座ってさ、たまに正反対どうし入れ替わってしまうことがあるらしくて、

私は獅子座だけど、おそらく水瓶座になったことがあると思うんだけど、今は、たぶん、どっちにもなれると思うけど、水瓶座ならではの「神視点」みたいなの、ちょっと分かるんよね。

 

月天秤だから?って思ったこともあったけど、なんていうか、今まだ経験したことの蓄積と、直感を研ぎ澄ませることにより得られるインスピレーションの融合で、「瞑想状態」とか多分そうだと思う。それが、水瓶座さんの状態に近いんじゃないかなって思いました。

 

 

最後、乙女座は自己統合がテーマで、魚座は宇宙がテーマです。癒しとか浄化とか、スピリチュアルとかもあります。とても壮大!

 

乙女座は、自分っていうものを一通りやり終えたので、ふりかえり、清算をしている段階ですね。あれやこれや、細かくきっちりされております。

一方魚座は、統合、ふりかえり、清算と、乙女座と似た部分はありながらも、スケールが「宇宙」なのでそんなに細かくはないといったところ。むしろ、充足感に満ちている気もします。よくも悪くも大雑把といったところ…

 

いかがでしたでしょうか?

 

これまでの「対立」「緊張」ではなくて、

「協力する」「補い合い、支え合う」という視点で、各正反対の星座をみてきました。

 

この星座が、こんな風に補ってくれるからこそ、この星座が星座らしく輝くんだ!ということで、気持ちもワクワクされたのではないでしょうか。

 

皆さまの生活に少しでも参考になれば嬉しいです。

 

双子座と射手座が陽キャすぎて、悩みとか闇が感じとれなかったのです。深い関わりが苦手とか、束縛が苦手とかあるけど、そういうことではないんよな、、それぞれのテーマを遂行するうえでの悩みだから…やっぱり分からないです。

 

分からないところは、

今後また勉強したいと思います。

 

それでは、最後までおつきあい頂きまして

ありがとうございました。